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監督あいさつ

 映画『波伝谷に生きる人びと』は、宮城県南三陸町の小さな漁村に生きる人びとの、震災前の日常を追いかけた作品です。
 もともと東北学院大学の学生時代に、民俗学研究の一環で出会ったこの波伝谷ですが、その出会いは良くも悪くもその後の僕の人生を大きく変えることになりました。それだけ波伝谷の人たちの生き方が、当時の僕の目には魅力的に映ったのだと思います。
 海や陸の恵みと、そこでの人のつながり。日常の雑多な関係性に絡めとられ、面倒なことも多々あるけれど、それが生きがいでもあるという大きな矛盾を孕んだ豊かで複雑な世界。「土地とともに生きる」ということが一体どういうことなのか。波伝谷という一つの小さな世界の中で、互いに深く関わりあい、ときに葛藤しながら生きている人びとの姿を、その瞬間を生きる人びとの表情と言葉をもって伝えたい。そうして2008年3月の大学卒業と同時に、僕の波伝谷でのドキュメンタリー映画製作がはじまったのでした。
 

 それからの撮影は、僕が予想していた以上に大変だったことは言うまでもありません。そして撮影の最後の最後に起きた東日本大震災。それまで6年間交流を続けてきた波伝谷の人たちとどう関わればよいのか分からず、目の前の現実と向き合えない時期もありましたが、それでも震災があろうとなかろうと、自分がずっとやろうとしてきたことを核にして、震災を経て、この映画を作ることの意味を長い時間をかけて噛み砕き、思いの全てを込めたのが今回の作品です。
 ある時代を人はどう生きてきたのか。一つの地域社会の歩みとそこでの人の営みを、「波伝谷」という地名が表すように、被災地のシンボルとして丁寧に描きたい。それが僕がこの映画で表現したかったものです。そこには分かりやすい答えや結論などはありません。かつて存在していたはずの土地の空気や人びとの息づかいがあり、明暗ともに飾り気のない生活感があり、登場人物たちがそれぞれに波伝谷の時間を生きている。ただそれだけのことです。そこから何を感じるかは、観る人の感性に委ねます。
 映像に残された波伝谷の姿は、今や津波によって大きく形を変えてしまいましたが、それでも人が生きている限り、人の営みは続いていく。揺らぎ、戸惑いながらも土地とともに生きようとする波伝谷の人たちの傍らに、僕も長い時間をかけて寄り添っていこうと思います。
                                            我妻和樹

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